出井伸之×未来

インタビュー連載の先陣を切るのは、SONYの元社長として、その名を知らない人はいない出井伸之氏。「今」の日本の立役者として、間違いなくトップに挙げられる存在の一人だ。数々の著作本、ビジネス関連のWEBサイトをネット検索すればその経歴、おおよその人となりなるものがわかるが、一個人としての出井氏とはどんな人物なのだろうか。“いわゆるスゴイひと”の生きがいとは何か。ホンネトークで初公開!

生きがいは一つではない
――多面性と柔軟性――

「生きがい」の定義はいろいろあり、趣味や好きなことのうちの一つが、 ある瞬間にとっては生きがいとなっているということもある。そういう意味では、 僕の生きがいは、一つじゃないかもしれない。例えば趣味の一つに、 「写真に関わること」というものがある。今カメラマンさんが僕に向けているカメラも、 どこのモノかと気になる。写真に関わる“モノ”も好きなんだ。 レンズだとかセンサーだとか……買おうと思うとカメラの部品一つ一つの性能が気になってくる。常に探求したいんだ。 趣味のジャンルを考えると、僕はものすごく範囲が広くて、子供の頃はバイオリンもやっていた。 その時はすごく熱中したし、多面性があるんだと思う。ゴルフももちろん好きなのだが、 写真と同様、ゴルフに関する“モノ”も好きなんだ。 シャフトは年代ごとに特徴があるからあれこれ試してきたし、 新素材のヘッドが登場するとやはり打ってみたくなる。 “モノ”を見て、ある日のすごくいいショットを思い出すのも格別に楽しい。

仕事が趣味の現在
――ソニー時代は仕事に生きた――

ソニー時代、私的な面を全部無くしてでも仕事をしなきゃいけないという使命感があった。 逃げたいと思うことが時おりあっても、ソニーという巨大なものからは逃げられなかった。 寝ているときも頭は仕事でいっぱいという感覚で、24時間動き続けているイメージだった。 そのくらい僕を強烈に惹きつける魅力を持った会社だったんだ。 そういう時期があったからこそ、今、仕事を趣味にしようと思えている。 自分で会社を立ち上げ、若いベンチャーを育てるという仕事を楽しんでいるんだ。 昔から好きだったことをしていて……だから仕事は趣味だって公言している。

岐路に立った時の苦労、喜び

人間は、岐路に立つ時が一番楽しい。若いころのことを思い返すと、 仕事の岐路の一つはソニー入社後に経験したヨーロッパ駐在。色々な文化に触れて刺激的だった。 異文化を学び、自分が受け入れられた時は非常に嬉しかったし、 助けてくれた方たちにはとても恩を感じている。辛いことも含めてすごくいい4年間だった。 帰国後数年して、コンピューター事業部長になるんだが、あれも大きな岐路だった。 「未来」をこの手に感じとることができた。かけがえのない時間を過ごすことができたと思っている。

未来を考えることも、生きがい

過去の事よりも、「今」がこれからどう変わってゆくのか考える事。 これも僕の生きがいだろう。インターネットの台頭は、 言ってみれば地球に落ちた隕石みたいなもの。恐竜は死んでしまったが、哺乳類は生まれてきた。 環境の変化に対応できる哺乳類が生き残り続けている。 これから、つまり未来に備えてどういうものを作っていこう?  と考えるのが好きで、そんなことを考えること自体が趣味で生きがい。そう呼べるんだと思う。

ひとが変わって、未来が変わる

つまりこれから成長していく人のことを考えることが好きなんだ。 引退は、僕にはない。会社という組織から抜けることはできるが、 個人としては結局未来のことをあれこれ考えてしまうだろう。考え続けている限り、 現役なんだと思っている。技術が変わる前に、人が変わっていく。 この繰り返しが未来を作っているんだ。応援している人が成功したという話を聞くと、 嬉しくなるんだ。わくわくすることが、何よりも好きなんだ。

出井伸之(いでい・のぶゆき)
クオンタムリープ株式会社代表取締役/ファウンダー&CEO
1937年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、1960年ソニー入社。 オーディオ事業部長、コンピュータ事業部長などを歴任後、1989年取締役就任。 1995年から2000年まで社長兼COO、2000年から2005年までは会長兼グループCEOとして SONY経営のトップを担った。 2005年にソニー会長兼グループCEOを退任後、2006年にクオンタムリープ株式会社を設立。 他に、複数社の社外取締役を務めている。著書に『変わり続ける 人生のリポジショニング戦略』 (ダイヤモンド社)、『日本進化論』(幻冬舎新書)など。

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